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02 April

【製麺日誌2】製麺は難しい 2

ここのところ、少しやさぐれている。

なぜかと言うと、それはやはり中華麺の開発が思ったように行っていないからに他ならない。

いい小麦粉、のいい配合、というところにまでは近づいたと思う。
でもどうしても、茹で伸びが早い気がする、という問題の答えが見つからなかった。

日本のように、ゆでたそばから3分以内には食べ終わっているような場合にはさほど問題にならないくらいの茹で伸びが、

5分たってもだらだら話しながら食べているようなお客さんばかりのこの国では、ラーメンという体験の品質を揺るがす大きなファクターになってしまう。

そこで先週くらいから茹で伸びを大幅に改善する、という改良をしてみた。のだけれど

うん、確かに茹で伸びは改善した。茹で水は汚れにくくなった。麺さばきはかなり向上した。

気がするんだけど

どういうわけだか麺が沈黙した。

ワインではブショネって言葉があるんだけど、ブショネに感じるような違和感。
ブショネじゃないんだけど。。麺が黙っている。そう、勢いがない。なんも言わなくなった。

それでも質感は確かによくなったし、例えばテイクアウトのお客さんのように、茹で伸びがもっとも大きなデメリットになるような場合にはありかもしれない。

それに、もしかしたら、私は毎日食べてるから、もうそんな気がするけど、一日食べる人にはわからないレベルなのかもしれない。。。

と思っていたのだけど、

先日初めて私の麺を試食した、ラーメンおタクのチリ人に思いっきり指摘されて撃沈。

一つを改善すると、もう一方がこける。もう一方を立たせると、別のところがこける。


全方向に立つことは不可能なんだろうか。。。。


そうかと思えば、いまだに餃子の皮についていい方法が浮かばない。
これも、簡単にできるものだと思っていたのに、異常に大変だということが判明。
あの薄さ、あの柔らかさ、あの水分量の皮を重ねて抜くということが尋常じゃなく大変。
でも厚くしたり硬くしたりしたら、理想のあの餃子にはならなくて。薄いけどもちもち、みたいなそれでいて食べ手があるみたいな餃子にはならないし。

とにかく手持ちの型では全くうまく抜けず、時間だけがやたらにすぎてしまう。
硬さがあって、刃が鋭くて、高さがあって、手がついている、そんな型が必要で、とどのつまりは日本で型を発注して作らないとできないんじゃないかと思うくらい大変。

中身や包むことより、その前段階の〇型を抜くところでこんなに行き詰るとはだれが予想していただろうか.....おかしい。。。。


私が頭を抱えてうなっていたら、チリの型屋に、工場のマリアホセが私が使えそうな型があるか電話して聞いてくれたのだけど、有名なキッチンツール専門店にある、と言われて終わり。
そのキッチンツール屋にこの間平日にわざわざ遠征して行ったのに一つもなくて撃沈。
こうしてまた一日が無駄。
餃子の中身については、いい感じにレシピが仕上がってきたのに、皮問題一向に片付かず。


チャーシューについても、ベガから工場までの肉の移動についていい方法が見つかったって思ったのに、チリ人のお友達におすすめされた肉屋で買って試してみたところ、、、肉の質が悪すぎる。変な水につかっているから、臭いし、味も悪い。
自分がいつも買っている近所の肉屋はオイシイし、変な水に使ってなくて新鮮だけど高すぎて売れないし。。土曜日ごとにテルミナルマタデロ、肉専門市場みたいなのに行くのは、遠すぎるし、あまりにもめんどくさい。せめて巨大な冷凍庫でもあるなら話は別だけど。。。冷凍庫ほしい。


とにかく、中華麺が完全に成功しないことには!!!完全勝利しないことには!!!



。。。ということで、一進一退はまだまだ当分続きそうな感じなので、今日のボヤキはこの辺で。


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15 March

【製麺日誌1】製麺は難しい

私は声を大にして言いたい。

「製麺は(めっちゃ)難しい」

忘れもしない、製麺機やはパートのおばちゃんでも誰でも簡単にできると言った。
だから私も、じゃああたしもできるし、あたしができるようになったらパートのおばちゃんにもやってもらって、私は営業に行って。。。なんて考えていた。

でも実際に製麺を始めて分かったこと。

おいおい、これめっちゃ難しいやんけ。

捏ねて切ったらそうなるんでしょ、みたいな?

そんな感じで考えてるあなた!!

甘い!甘いぞ!! (それあたし!)


今まで結構変なもの作ってきた私ですが

梅干し、天然酵母のパン、納豆、みそ、漬物、塩から、キムチに大福、明太子。。。ケーキ...

しかしこれらのもののどれよりも、麺、特に中華麺を海外で再生することは難易度が高い。
シンプルだけど、かんすいという特別なものが必要なこと、水、粉が違う、気候が違う

例えば、日本みたいに製麺室が20度前後に保てるとか、湿気がないとか、かんすいでも麺専用粉でも、麺質改良材でもなんでも、が1袋からでもネットで注文して次の日に届くとか
そもそも粉は世界中から選りすぐりの製麺用粉だとか 
そういうのが前提だったら、もしかするとパートのおばちゃんでも回してれば毎日同じような麺ができるのかもしれない。常に一緒の条件になるのかもしれない。

パンはそれでも25度より上がっても大丈夫だし、納豆は30度でも、なんでもとにかく強いし、発酵物は温度帯さえ間違ってなければ、まあなんとかできる。
ケーキは粉が問題だけれど、薄力がないわけではないし、大体他のものも材料さえ確保できればなんとかなるような感じ。

なんだけど。。。麺。

まず材料がない。製麺機がでかい。温度帯が狭い、水とか粉がうるさい。気候に敏感!!
工場の中は暑い、狭い、あっという間に40度、一日の間に温度変化半端ない、空気乾燥しすぎ。

しかも他の料理みたいにいろいろなものを入れない分、火入れをしない分、ごまかしがきかない。

麺質改良剤みたいなものがない、粉のキャラがじゃじゃ馬。その粉の最小購買単位が何百キロとかそんな感じ。w 

この数か月試行錯誤してるけど、いまだに自分の納得するレシピができないし
できたレシピ通りに作っても、次の日全然違うことになるし
毎日が手探りで、まさに自分の手の感覚に頼ってアレンジし続ける感じ。
数パーセント水分量上げただけで、麺帯がぼろぼろで、ほろほろのてい。

これをチリ人のおばちゃんのパートにやってもらう?

ありえない。絶対ありえない。

当初製麺機を見られたら、チリ人にコピーされると思っていたけど

ないな。ない。コピーできるはずがない。そもそも私が出来上がってないんだけど。
これで私以外で素晴らしい麺ができる人がチリにいたら、
そこに弟子入りしてもいい。w

注意欠陥多動性障害みたいなチリ人の若者に製麺機回させるなんて、怖くてできない。
指が挟まったら最後。つぶれてしまう危険性もあるし。
私の製麺機サイズではあまりないけど、ローラーに巻き込まれる死亡事故もあるとか。
腕一本くらい平気でとられそうな割と危険なところが満載だし。


無理無理無理無理。そんなことになったら、保険もかけないとだめだし。車の運転よりよっぽど怖い。

そんなわけで

断言してもいい。もし製麺機をチリにいる誰かが買って持ってきたとしたら
最後は無用の長物になって、どこかの金持ちのコレクションになるか


巡り巡ってそれは私のものになるんじゃないかと思う。


季節の変わり目なのかここ数日じゃじゃ馬慣らし中の和多屋なう。




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21 October

エベレスト

先日営業許可とれてないってブログに書いて早々、思っていたよりすんなりとプロビデンシア市役所の営業許可が下りました。とりあえずやったー!。。。。なのですが。

なんですが、この営業許可には実は問題がありまして。。。

問題っていうか、もう仕方なくそうしたんですけども、そもそも私がとりたかった食品加工をする営業許可っていうのは、かなり難易度が高い高いと噂には聞いており。
右も左もわからない私には難易度が高すぎるので、とりあえず食品販売の免許を先にとって、加工ができるところで間借りしてそこの製品として作ってもらい(つくり)それを私のブランドとして売りつつ様子を見計らって本丸に向かうという作戦だったのですが

ここにきて間借りスペースがめっちゃ狭い
貸す側に足元を見られてる感がすごくて当初の話よりなんとなく条件が厳しい
材料を置くスペースが確保できないので、それほどの量ができなそう

などという、芳しくない絵が見えてきました。

そこで、こちらとしてももう少しゆっくり探すつもりだった、最終目的地をもう少し早めに見つけなければ、とあせりはじめ。
まず敵を知らねば、と、難しいと悪名高い食品加工パテンテと保険所の許可について聞き込みを始めました。

まず食品加工パテンテが難しいのは、パテンテをとるためには、食品加工を許される店舗というか場所を借りていなくてはいけなくて、その日本でいうところの保健所の許可がないともらえず、
その保健所の許可をとるために下手すると4,5か月かかる、などと言われており
しかもその間何もできないのに家賃を払い続けなくてはならない、という鬼のような話なんですが、
しかも、書類を全部用意して、チェックに検査の人に来てもらって、そこでOKもらえなかった場合、次に呼んでもいつ来るかわからない、とか
たとえば古いビルで、保健所の許可を大昔にとったような物件の場合、同じような職種の商売をしていたとしても、新しく入って許可をとろうとしたとき、ダメだしされる場合があるとか言う話でした。

家の近くのエンパナーダ屋が店を売り出しているからそれとなく話を聞きにったところ、何十年もやっていたのに、最近になって市役所がこれでは許可がでないから工事するように言ってきたが、あまりにも壮大な工事になる(もはや不可能)なので、店を出ないといけなくなったとか、とにかく何癖つけて金を巻き上げようとしてる、とかそんなことを聞かされました。
何十年も店の前に車を止めていたのに、そこは緑の場所だからと何癖をつけられて罰金をとられたとか。

去年パン屋をオープンしてつぶしてしまった知人の話も聞きに行ったのですが、やっぱり同じで、とにかく市役所のOKするような配線やら配管やら、同線やらすべての条件を満たすために、開業資金のほとんどを使って、あと家賃も高すぎて、あっという間につぶれた、みたいな話でした。でも次々に変な注文が出てくるし、おまけにパンやなのに夜は機械を動かしてはいけないといわれて、生産量が全然届かなかったとか、聞けば聞くほど恐ろしい話がずんどこでてきました。

しかも、それほど人通りが多くない商圏の割に、家賃がべらぼうに高い。
彼女のパン屋の家賃は約50万円ほどでした。えっと。。。どんだけパン売るつもりだったのか。。。たしかに大きかったけど、面積が大きかったらパンが売れるってわけじゃなかっただろうに。。。。

まあ、とにかくその彼女にも手伝ってもらうことにして、いろんな人の話を総合して、小さくて、あたらしめの許可をとっていて、そして大事なことは、コムナをよく選んで物件を探していくことにしました。

チリで引っ越しは6回以上してきましたし、物件選びは結構得意な方だと思いますが
今回のこれは、かなりミッションインポッシブレ。。。

問題山積みのエベレスト級ですが、ここをなんとか越えていくと面白いものが見えてくる。。はずなのです。

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16 October

大混乱

混乱っていうタイトルでブログを更新したのが8月だったみたいです。
この2か月、まさに怒涛の大混乱でした。

8月の半ば、ちょうどこの間のブログ更新してからすぐ、諦めていた補助金のコンクールに補欠合格したとの知らせがあり、そこから補助金を受けるための準備にとりかかりました。

補欠合格とは言え、結構な額の補助金がチリのスタートアップ支援機関(sercotec)からいただけるということで、補助金を受けるために必要なことの説明会があり、
そのあと契約書にサインしに行ったりとか、なんだかんだ忙しくなってきました。

でも、実は私はその補助金はもうすでに落ちたと思っていて、今回の補助金の合格の連絡を受ける前に会社の税務署への登録とか、会社設立にしなければいけないことの手続きは済ませていたので、すごくラッキーでした。

そうじゃないと、8月半ばの合格の知らせを受けてから1週間とか2週間とかのうちに会社設立までを全部を終わらせないと、補助金うける資格を失うとかいう話だったので。チリ人でも結構大変なスケジュールでした。たぶんあたしだったら間に合わなかったかも。会社って住所がないと設立できないんですけど、その住所の確保が大変だったり、税務署への書類の申請やらなんやらとにかくそれを2週間ってほんとギリギリってかんじで。

そして、9月の頭に、sercotecと無事契約をして、補助金を受けますよ、ということになりました。
が、そうしてもそこで全額ボーンともらえるわけではなくて、
そこからまた最初にコンテストのビジネスプラン作成時に提出したざっくりした資金の使い道のプランを、実際の見積もりをベースに落とし込み、実際に使ったのちに返金される、という仕組みで、9月いっぱい中にそれをファイナルプランにまで持っていくために3回コンサルとの面接を受けるように、と指示されます。

が、ここでこの9月第一週に、ずっと闘病していた私の20年来の親友がついに力尽きてしまいます。
日本の大切な友人の突然の不幸の知らせを受けて急きょインドに2週間行くことにします。
なんでインドかといえば、話せば長いのですが、彼女との出会いにインドが深くかかわっていて、いつか一緒に行こうと約束していた場所があり、そこに行くことになったのです。
まあしかし、インドは遠かった。日本からだとさくっといける感じなのに、ここからだと、ブラチリーブラジル、ブラジールーエチオピア、エチオピアからの、インドみたいな、もう35時間コース。。。。安いチケットしか買えないのが行けないんですけど、もう老体には答えました。日本より遠いって無理。成田経由とかあって、航空券探してる時に成田経由って!って一人でPCに突っ込みました。あはは。

まあそんなこんなでインド。そしてまた35時間かけてチリ戻り。

そして、9月、おりしもチリのゴールデンウィークと重なり、帰ってきてから1週間はSercotec が休み。。。で、最初のコンサルとの打ち合わせは9月の第3週。
そこで初めて、最終プランの提出は遅くとも10月の11日と決まります。

そこからはもう死に物狂いで見積りをとって、サンチャゴ中のプロバイダを探し、ビニール工場に行き、段ボール工場を探し、ロゴデザインをいじくり、あれやこれや必要な道具の見積もり、サイズをはかり、
その間にフードショーに行けば、中国人の女性社長と知り合い、見積もりをお願いし

その間にセルコテックには2つのオンラインコースをとって(5-10時間くらいのやつ×2)
テストに合格しないと補助金の資格を失うといわれ、それも受け

のわーーーーーーーーーーーーぷぎゃーーーーーーーーー

と言っている間に、旦那は日本に行き 

私のラブマシーンはついにバルパライソに上陸。

通関業者からは連絡くるし、会計士は口ばっかで働かないし
まだ営業許可取れてないし、サムガンジーは見つからないし

と、そんなわけで

混乱の次は大混乱なわけですが

それでも動くたび、じわじわと一緒にお仕事できる人たちが増えてきて
今まで培ったすべての匠の技が、ひとつのミニ会社としてあたらしい価値を生み出す
今その生みの苦しみというか。喜びというか。

そんな感じのところにおります。

今年中に大海原に出船できるのかな。この私の小さな海賊船は。

イーストブルーでグランドラインに突入できるのか!!!

ビッグウェイブがやってきたぞおおおお。

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09 August

混乱

今年頭くらいから、というかずいぶん前からずっとやってみたいと思っていたことがあって。
それを今年頭くらいにグイグイと押される出来事が続き

これをやらないで死ぬことになったら、やっとけばやかった~~って半分死にかけでも後悔してそうな気がしたので、
取り合えずやってみることにした。のが今年の3月。はい。

で、とんとん拍子に、そのプロジェクトを開始する拠点も決まり。
5月には私のプロジェクトのキモであるマシンもオーダーし
1か月くらいしたら送金と同時に発送される、はず。だった。のだけど。

6月に会社を登録するあたりまではトントン拍子だったのだけど
そのあたりからカルネが切れていることがわかり

マシンの製造者は特定原産地証明がつけられないとかいいだし(つけると10%くらい税金が安くなる)

銀行口座開設に3週間、さらにドル口座開設に2週間かかり結局まだまだ開設には時間がかかるということがわかり

さらにはドル口座なんてものはそもそも無用の長物だったらしいこともまでわかり

そんなことしている間にドルはどんどん上昇し。

毎日銀行とのやり取りに四苦八苦してイライラしているうちに、車をぶつけ
しかも相手は新車で、あたしの車の保険は数日前に切れており

これを混乱と言わずしてなにをや言わんか。

奇跡的に新車のタイヤにしかぶつかっていなかったため、タイヤ一本交換するだけで許してもらえたんだけど
自分の車のバンパーが見事に吹っ飛んで、それに旦那がその辺で買った安いバンパー(塗装前)をつけたもんだから、なんかもうかわいそうな子みたいな。

それなのにここにきて銀行は着金してないとか言うし
着金したけど口座名が違うとかいうし
でも調べてみたら違ってなかったとかいうし

そんなこんなでまだマシンのところまで届いてないし

それでももうとにかく、すすむしか。

すすむしかないのであります。


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